• 弦巻楽団

君は素敵の頃


弦巻楽団が本格的に始動した翌年の2007年、前作の#3「死にたいヤツら」でいただいた賞品として、コンカリーニョで作品を上演する予定になっていた。団員が今以上にいない劇団だったので、たくさんの知人の俳優に出演を依頼した。その中で、7人の女優が出演することになった。スケジュールが都合ついたのは女優だけだった。

「女優だけでコメディを作る」それが当面の課題だった。

差別するつもりはないけれど、現実、コメディや笑いと言うのは演劇において男性によるものが主流で、女優がコメディに取り組むのは高いハードルがあった。どんなハードルか?「可哀想に見えてしまうかどうか」と言うハードルだ。

ウディ・アレンが的確なことを言っている。コメディとは、悲劇プラス時間だと。つまり笑いの陰には悲劇が潜んでいる。もしくは、悲劇も時間や見る角度を変えれば滑稽なコメディになる。コメディの基本はグッドニュース、バッドタイミングだと言ったのは誰だったか。

なので、その悲劇の時点で観客に「可哀想」と思われない(思わせない)高等なテクニックが必要になる。これが女優にとっては高いハードルになる。

そんなハードルを越えた7人で2007年、「君は素敵」は幕を開けた。

客席は笑ってくれた。胸をなでおろした。

今回、稽古を重ねる中で、本当に、なんて大変な脚本だろうと思った。

そして、自分が今取り組んでる演劇上の挑戦は、10年前のこの時点で既にあったのだと発見して驚いた。

当時書く前に考えていたことは「ヘビーな現実を抱えたまま、軽快に走り抜けること」。

「大上段に構えず」「深刻な顔も見せず」「心の根っこから気持ちが軽くなる舞台」

そんな理想を掲げていた。

その根拠や動機は当時はうまく言葉に出来ていなかった。また、その必要性も感じていなかった。でも今ならわかる。すごくよくわかる。それは「客席と舞台を同じ地平に存在させること」を目指したかったからだ。

自明なことだと思っていた。観客を「内輪」扱いするのとは違う、クールな距離を保ったまま、舞台と客席が同じ現実だと信頼できるような演劇のあり方。それを目指すのは、演劇が演劇である特性や存在理由を煎じ詰めれば、誰もが辿り着く地平だと思っていた。

舞台から一方的に何かを投げかける。「人生訓」でも「笑い」でも「ペーソス」でも「感動」でも、或いは「希望」でも「絶望」でも良い。その「作り物を与える」と言う構図そのものを抜け出せないと、進歩は「いかにエンターテイメントとして過剰か」と言う一つの方向にしか伸びていけない。もちろん、果敢にそのレースに自覚的に飛び込むのも良い。設定やあらすじや起こる事件の特性を入れ替えながら、同じ線路の上を走り続けるのも良い。

自分は、それが出来なかった。それじゃあ椅子取りゲームじゃないか。どうせ人生かけて挑戦するなら、見たことのない場所に椅子を作りたい。そう考えていた(多分)。

ただ。

参加する役者にとっても分かりづらいのが、自分の作風が一見、その「椅子取りゲームに真っ向からチャレンジしている」ように見えることだ。分かりやすい冒険も、あからさまな個性もない。「王道のエンターテイメント」を標榜しているところもある。

でも、それだけじゃないのだ。「王道のエンターテイメント」だけど、その後に括弧書きで(唯一無二の)と付いているのだ。その唯一無二は設定やあらすじや起こる事件の特性の話ではない。弦巻楽団の舞台のあり方、そのものの話なのだ。

なので、客演の俳優さんが戸惑うこともある(特に演劇経験が長いと)。

「もてない4姉妹による結婚詐欺」と言うプロットに、自分はそうした思考の渦を経てたどり着いた。

たわいない会話が続く。登場人物7人、それぞれ好き勝手に、幸せを手に入れるために、主張し、罵り、本音を隠し、あるいは晒し生きている。その絡み合いの隙間に、いつの間にか観客が居れると良い。

昨日の通し稽古は多い人は10回にのぼる衣装替えを初めてこなしつつ、でもあったので女優陣はいっぱいいっぱいだった。でも、それでも、弦巻楽団の舞台だと胸が張れる瞬間が何回かあった。本当に難しい作品である。微妙な、拠り所のない、物語。そして苦労が偲びにくい作品でもある(笑)。いや、偲んで欲しいとはこれっぽっちも考えて無いんですが。

でも光はある。

10年前に比べて、「ヘビーな現実を抱えたまま軽快に走り抜けること」は、明らかに厳しく許されなくなっている。だからこそ。より切実に走り抜けたいと思う。

初日はいよいよ今週18日土曜日!!


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